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2012年 05月 28日
![]() △ 太陽の写真を写し続けている私…休日に孫と遊ぶために光り燦燦の郊外へ一緒に出かける妻…でも本当は二人とも実は太陽の中でいると大変疲れる体質なのだ。 かっこよく家族で休日をアウトドアで過ごしているが、直射日光の下でいると想像以上に体力を消耗する…翌日から体調が芳しくなくなる。つまり太陽を浴び続けることに耐えられない体質のようだ。 妻は文学的な表現でいうと『深窓の令嬢』である。この意味が分からない人にはあえて説明しない…その妻が『深窓の令嬢』ならば私は『深窓の令坊ちゃん』とでもいうのだろうか…直射日光には本当に弱い。 先週の日曜日に郊外で行われた「ライヴ・アース松山」も炎天下ではないが陽光のもとに半日すごした。そのすこし前の休日は家族で1日山郷に出向いてアウトドアを過ごした…その後遺症が私達夫婦にはもろに疲れとして後ででてくる。 UVカットとかそんな問題ではなく、紫外線に対する抵抗力がないのだろうか…1日無理をしたら3日、3日無理をしたら一週間、一週間無理をしたら1ヶ月、1ヶ月無理をしたら3カ月、3カ月無理したら1年とその影響が拡大する。 月下美人型の妻、夜型人間で街のネオンの光の海に育った私には夜が最高の舞台らしい。多分前世は太陽の光から少し遠くにある星で生活していたらしい。だから圭子の「夢は夜開く!」の歌がピッタリなのだ…この色の部分は私の創作 十五 十六 十七と 私の人生 暗かった 過去はどんなに 暗くとも 夢は夜ひらく 五十 六十 七十と 齢をとるほど 暗くなる 過去も未来も 闇ばかり 夢は夜ひらく 夜咲くネオンは 嘘(うそ)の花 夜飛ぶ蝶々も 嘘の花 嘘を肴(さかな)に 酒をくみゃ 夢は夜ひらく 国会議員は 嘘(うそ)の花 官僚もみんな 嘘の花 嘘を肴(さかな)に 酒をくみゃ 夢は夜ひらく 一から十まで 馬鹿でした 馬鹿にゃ未練は ないけれど 忘れられない 奴ばかり 夢は夜ひらく 前を見るよな 柄じゃない うしろ向くよな 柄じゃない よそ見してたら 泣きを見た 夢は夜ひらく 夢を見るよな 柄じゃない 明日待つよな 柄じゃない 淡い期待を 裏切られ 夢は夜ひらく 2012年 05月 27日
![]() △ 寛ぎの日曜日…岸洋子さんが歌う「世明けの歌」を今朝じっくりと繰り返し、くりかえし聴いている。彼女の声が良い…伴奏のピアノがとてもいい…そして『夜明け』のコトバをイメージで『世明け』に置き換えると歌がもっともっと大きく宇宙に響きわたる。ああ…私の心の宇宙に大きな望みが拡がり黒い霧が消えていく。 世明けけのうたよ あたしの心の きのうの悲しみ 流しておくれ 世明けのうたよ あたしの心に 若い力を 満たしておくれ 世明けのうたよ あたしの心の あふれる想いを 判っておくれ 世明けのうたよ あたしの心に おおきな望みを 抱かせておくれ 世明けのうたよ あたしの心の 小さな倖せ 守っておくれ 世明けのうたよ あたしの心に 思い出させる ふるさとの空 2012年 05月 26日
![]() △ 1歳4ヶ月になった孫娘の菜々子はジイジが一番使い勝手が良いことを見抜いた。我が家にくると直ぐに私の懐に飛び込んでくるようになった。そこからはコトバが喋れない菜々子の指一本で「あっち、こっち、アレ、コレ」的にアッシー役を仰せつかることになった。 唯一私が教えたことは私が飼っている金魚・メダカを見る事と散歩代わりに行って歩き回るスーパーの魚売り場の魚を見せる事だ。もう少し成長すると菓子売り場へ行きたがるようになる。そのスーパーの魚売り場に昨日行くと珍しく写真の石鯛が一匹並んでいた。滅多に巡り逢えない代物である。直ぐにそれを三枚におろしてもらって持ち帰った。 私が衝動買いをすると必ず妻から一言強烈なパンチを浴びることになる。「珍しい魚が並んでいたから買ってきたよ!」というと「時々並んでいるけど高いから買わないだけ!』とやっぱりストレートパンチを浴びせられた。 この石鯛には強い思い入れがあるのだ……昔、素潜りで石鯛を捕獲する友人がいて度々その天下の美味を味わった想い出がある。それに味をしめて釣りに行き1日中釣り糸を上げ下げしたがが一匹も釣れなかった想い出もある。 だから時々店頭に並んだ時は必ず買ってきてほしい!……のだがまたパンチが飛んでくるからこれは私の祈りの世界だ……。 妻に云わせると私の珍しい魚には、マグロの大トロ、オコゼ、アコウ、ウツボ、クエとキリがないらしい…菜々子のアレ、コレによく似ている。この石鯛は少し大きかったので二日間気が済むほど食べた。 2012年 05月 25日
![]() ![]() ![]() ![]() △ 今朝4時43分に寝床が揺れた「地震だ!」と気が付いて次の揺れを注意深く待ったがそのままで終り知らぬ間に眠っていた。昨日のブログに『氣になる雲』と紹介した写真!あれが地震雲だ。震度が小さくて良かった。震源地は伊予灘松山市の真ん前の海… 東日本、千葉県沖は数日おきに震度1~震度2で揺れている。そして時々震度3~震度5の余震が続いている。余震と書くと本震以上の大きな揺れを連想できないが全てが想定外にあることを心掛ける必要がある。だから福島が危ない!!本当に危ない!!。 福島…福の島を放射能の街にしたのは誰だ!!犯罪者はみんな知らんぷりで「俺じゃないよ!!」とあっち向いてる。我が国の政財界活動は誰も責任をとらなくてもよいシステムになっている。 それは延々と続いている惰性官僚政治がもたらした罪だ。有能な官僚が無能な政治家を手のひらにのせて操っているようなもの…政治家は選挙で落ちればものが言えなくなるが、官僚は失職することがない。毎日毎日研ぎ澄ました超エリートの頭脳で自分たちの永遠の安泰を考えている。 福島再建の一番の策はこのエリート官僚を全員福島の原発の近くに住んでもらうことだ。そうすれば福島復活の名案が示され何よりも優先され即座に実施されるにちがいない。と素人は思うがどっこい……彼らは福島行きを打診された段階でどっか安全な会社にさっと天下る超能力を身に付けている。 2012年 05月 24日
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() △ 昨日の夕方見上げる空全体に『氣になる雲』が拡がっていた。5月20日の安芸灘震度1の地震、そして5月23日の大隅半島の震度2の地震のときも異常な雲が見られ友人から心配の問い合わせが何件か寄せられた。近くで地震が起こる場合震度1~2の小さなものでも自然に対する反応が大きいようだ。 東日本の余震は今後100年間続くだろうとある大学の専門家がコメントした。先日のブログに福島原発4号機の危機的状況を書いたが昨日の新聞には1号機、3号機の冷却している炉の水位が40cm~60cmと異常な少なさにあることが発表された。 福島原発周辺でもう一度大きな余震があると日本だけでなく世界的な危機が訪れることになる。政府は政財界に都合の悪いことを全部隠している。政権維持のため、企業防衛のため…つまり経済優先のために ”だんまり”沈黙を決め込んでいる。東京壊滅!どころか日本壊滅の危険すらある。 私は祈ることしかできない……これ以上原発の影響が拡がらないことをせ切に切に!! 2012年 05月 23日
![]() △ 金環日食の観測が話題になってその中で繰り返し注意されたのが「太陽を直接見ないでください…」の呼びかけだった。1秒でもダメです…カメラのレンズ越しでもダメです!と…。私はこの3年間に太陽を何千枚も撮影してきた。昨日の朝も太陽を撮影した。「大丈夫ですか?」と聞かれても分からない…それは私が一番知りたいところだ。今のところ人並みには見えているようだが… マスメディアの報道の偏りの異常さが最近ひどくなっている。太陽がそんなに危険な物ならばもっともっと常日頃から説明すべきなのだ。人々の健康を本当に願うならばゴールデンウイークとか夏の海水浴とかアウトドアの活動についてもっともっと日頃から啓蒙すべきなのだ。 アナウンサーが読み上げる原稿を作る人たちの問題かもしれないが、最近の報道の在り方はその場しのぎのとってつけたような報道が多すぎる。 人間はみんな明るいほうが好きで明るい太陽の中で生活している。自然に太陽の方に向くようにできている。「1秒でも見ないでください!」のアナウンスには恐れ入った。 2012年 05月 22日
△ 昨日は沢山の人々が天空ショーを一心に見上げた…そこにあったものは…
テレビ&ネットの画像より抽出… ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 05月 21日
![]() ![]() ![]() ![]() △ Think the Earth 第5回目になるライヴ・アースまつやま2012が昨日郊外にある「風早の郷 風和里」で開催された。毎年6000人以上が集うイベントで今回は 「私達が必要としているのは電気ではない。『明るさ、温もり、便利さ」に加えて将来の希望や安定した暮らしを望むなら、私たちの進むべき方向は原子力ではない。今ここから新たな希望に向かって、新たな歩みを始める時期にさしかかっている」 このライヴ・アースまつやまは環境を考えることをテーマーに「継続していくこと」そして「楽しく過ごせること」をテーマーに志しあるものが集っている。沢山のアーチストの演奏とエコ商品の販売テントが所狭しと立ち並び5月の風の中で大きく未来を拡げていた。 2012年 05月 20日
![]() △ 昨夜のバレーボールの試合では日本が格下のペルーを相手に褒められた内容ではないがストレート勝ちした。弱い相手でも勝ちは勝ちで夕食をしながら妻と二人でテレビ放送を一喜一憂しながら観た…そして試合終了と同時に「勝った!勝った!」と会場の聴衆と同じように喜んだ。 喜びを分かち合うということは直ぐにできる。 食事を終えて寝室に入り久しぶりにクラッシックを聴いた。最近は研究に没頭して疲れていたので重たい曲を聴くことができなかった…しかし先日カラオケで「海ゆかば」の鎮魂の歌を絶唱して何かふっ切れた。 私の秘蔵のレコードにドヴォルザークが作曲した『スタバット・マーテル』、日本語で『悲しみの聖母』という曲がある。東日本大震災以降ずっと聴けなかったものだ。 ドヴォルザークは1875年9月に長女を亡くし、2年後の1877年9月に長男を亡くし、その悲しみの中10月に次女を亡くした。自分の子供が3人相次いで亡くなったのをきっかけに書上げた鎮魂曲が『スターバット・マーテル』だった。 子どもに先立たれた悲しみしかも愛する子供を3人も続けて失った辛さは他人にはなかなか分からないもの、昨年の3.11以降余計にこの曲が聴けなくなってしまった。ドヴォルザークの嘆きを音で聴いてどのようにそれに共感すればよいのかそれがわからなかった。 バレーボールで日本が買った瞬間は大声を出して祝杯を上げればよいだけだが、悲しみを分かち合うということは不可能のような気がしていた。あるブログの解説では 『この曲を演奏する人たち、そしてこの曲を聴く人たちとも悲しみを分かち合うことができるのです。この90分近くに及ぶ音楽がホールで演奏されている間、そこに関わるすべての人たちが、「自分の悲しみは誰にも分かってもらえない」と絶望するのではなく、「他人の悲しみを引き受けることができれば、自分の悲しみも人と分かち合えるのだ」というあたたかさを感じることができるのです。そんな希望に満ちたメッセージの存在が、このドヴォルザークの「スターバト・マーテル」の素晴らしさです』 『3・11の後、私たちはとんでもない悲しみを背負ってしまった。その悲しみはそれぞれの人によって重さも深さも違う。だけれど、共に同じ音楽を体験することによって、ほんの一瞬であっても、その悲しみを人と分かち合うことができるのだ。そんなあたたかい思いが私の中に広がっていく。舞台上の演奏者、周囲の人たちと手に手をとって、そのあたたかさをいつまでも感じていたいと思わずにいられませんでした』 とあった。この人は本当に心豊かな人だと感じた。今その曲を聴きながらこのブログを書いている。ドヴォルザークは「スターバト・マーテル」を1977年11月に一気に完成させてその後1893年に代表作である「新世界』を作曲した。勇気が与えられる「新世界」はこのような極限の嘆きを超えて生まれた素晴らしさがある。 東日本地方の「新世界」が早く実現することを祈りたい… … 2012年 05月 19日
![]() (壁に写る朝日) ![]() ![]() (マンションの5階から見た夕陽) ![]() △ 目が覚めるとカーテンの針の孔ほどの隙間から真横に光りが入り込んできて寝床の壁にを黄金色に染めている。ネボケ眼で見るその光は何とも言えない別世界の美しさ…朝一番の感動を憶えて得をした感じになる。その僅かな隙間が無意識の自然現象だけにとてもいい。 私達の身の回りに起こるあらゆる現象は、今の一瞬一瞬の一コマが連続して続いている映画フィルムに似ている。注意して眺めると地球と言う大舞台の上で毎日自分に与えられた台本を演じているその続きだ…どの一コマが無くても連続性が切れてしまう。だから起こることには何一つ無駄がないということになる。 夕方近くの娘のマンションに届け物に行った。5階から見る夕景はこれまた美しい…そういう自然現象に眼がいくようになると世界が広くなり宇宙の奥深さが少しずつ見えてくる。 平成22年5月1日に松山市郊外にある縄文遺跡を訪ねたときに新しい感覚で現世界を見るようになった。一般的に開眼という現象で自分の心の岩戸開きだ。その場所に同行した仲間にはその後の世の中の変化が神業であることが自然に受け入れることができる。全ては創造主の光の中にあるから……
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