座禅の座(坐)という字は土の上に人が二人向かい合って座る形である。1人は現実の自分、もう1人は理想の自分なのだ。
高尚な生き方は理想の自分に現実の自分を限りなく近づけることであり、そのギャップを埋めていくこと以外に方法は無い。ただし理想の自分の姿を持たない人にはこの作業が出来ないわけだ。
60歳くらいまでは向上心を持っていても大方の人が還暦を境に余生を楽しむ方向に流れてしまって力を抜いてしまう。
元京都大学総長だった平澤興先生の語録『生きよう 今日も喜んで』には
「還暦をすませて、いよいよ20年の精進がいる。それから娑婆を離れた、楽しい人生の修業(修行)が始まる」とある。
70歳で、新しい人生を開き、80歳になって、人生の頂点に達する。80歳でまた第三の人生が始まる。
ほんとうに人生を楽しむのは、80歳からである。 この年になって、がっくりする人と、新しい人生に燃える人が出てくる。
新しい人生に燃えるには、ファイト(気魄・活力・気力)が必要であるが、それはひたすら生かされて生きているこの人生を喜びながら、自分の心に頭を下げ、自分に感謝しながら限りなき夢(希望)を求めるということである。
75歳から85歳くらいまでが一番伸びる時だ。90歳まで生きないと本当の人生は分からない。
至高という言葉がある。この上もなく高いこと、自分を磨き尽くす極致。偉大な人と言われる人はこれをやり尽くした人々だ。
愛のまなざし
すべては 愛である
どん底に 落ちたひとを
救いあげるのも 愛のまなざし
千里万里を 飛びゆく 鳥たちの
あのまなざしを 見つめよう
強くあれ
優しくあれ
清らかであれ
坂村真民