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2012年 05月 17日
![]() ![]() △ 一昨日からジャンボ宝くじが売り出された。宝くじに夢を託して…ちりも積もれば何とやら…買った総額はかなりなものになる。折々に寄付してきた神社やお寺へのお賽銭や寄付と比べてどちらが多いのかと考えると結果がでない。 今でも宝くじには興味がある…それは使い道があるからだ。3億円当たってもすぐに使い切るだけの用途を考えている。しかしニアミスはあっても10万円以上の当選はない。でも人生を振り返ってみると最低限の必要なものはすべて神仏から与えられていて、もったいないと考えるようになった。特に18年前の阪神淡路大震災と昨年の東日本大震災を見て”生きているだけで丸儲け、家があるだけで丸儲け ”…とそのように思えるようになった。 しかも1993年9月に友人の渡部社長のお薦めでパワースポットの麻賀多神社にお参りしてそのご縁で磁気波動共鳴分析器MIRSを奇蹟的に手に入れることができた。当時850万円…とても高価なもので高値の花に思えたが「柳原さんの研究の応援をします!」と500万円をポンと寄付してくれる人が現れて実現した。 MIRSの測定器があったからいろいろな研究ができた。そのお蔭で有害電磁波を中和・変調する「ぴたりっこ」が世に出たし、今回のイブストーンも完成した。宝くじの1億円よりはるかに価値がある宝物だ。本来ならこれ以上望むべきではないが相田みつをさんの詩…あれば便利!なければ不便!ボクは便利な方がいいな…に尽きる。今度はポンと寄付できる人になってみたい!… 2012年 05月 12日
![]() (行きつけの小料理屋 葉月 の壁の文字) ![]() (お土産のイヴストーン) △ 今脚光を浴びている会社で超多忙を極めている専務職をしている友人が久しぶりに私のところを訪ねてきた。といっても松山空港に舞い降りて3時にやってきて、しばしいろいろと話をして行きつけの小料理屋「葉月」で軽く食事をして7時30分には再び松山を離れた。 2年ぶりの再会で話すことは山ほどあったが与えられた4時間では半分も話せないうちに時間となった。彼は私が開発した『イヴストーン』にとても興味をもって専らその話しが中心になった。料理を食べながら、銘酒を飲みながらその味の変化を楽しみすっかりイヴストーンの虜になった。 奥さんと彼のためにお土産用にと2個ペンダント型のものを準備していた。「これで奥さんの料理が一段とおいしくなるよ」というと彼は「うちの家内は料理してもまったく味見をしない女性でね……その性格が変わってくれることをこの石に期待するよ!」といって別れた。 営業部門のトップで年間の30%~40%は出張で飛び回っている。専務の仕事は華やかに見えるが日々マイペースで生活している私にはとても勤まらない生活……平々凡々の普通の生活が私には一番合っていて彼と話しているとその幸せをつくづくと実感した。 何処に居ても、どんな立場にあっても自分なりの世界を創り上げて自分なりの工夫をこらして全力を尽くす!そのコツが分れば人生はささやかでも意外に楽しいものだ。 2012年 04月 25日
![]() (窯に入れる前の作品に生のピアノ曲を半日聴かせる) ![]() ![]() (ピアノの中には大きめのイヴストーンを3個セット) △ 昨年の10月以来の研究は実用ベースの研究が主体になっていた……その最終段階は私の本来の芸術性を優先させて『龍源アート』の作品を創ってみた。日曜日…店は休日…土がある程度乾燥した状況で作品に今一度氣を入れて、さらにピアノの自動演奏で『月光』をオートリピートで半日聴かせて最後の波動調整をした。 イヴストーンをセットしたピアノの音は『最高!』でこの作品の焼き上がりが楽しみだ。繰り返し演奏される『月光』に感動し、酔いしれてワインのハーフサイズを開けて飲み始めた。感動が感動を呼ぶ……ワインの味が二乗、三乗になって30分もしないうちにグラスが空になった。音楽とワインに酔いしれて一歩も家から出ない休日を過ごした。 作り上げた作品を並べてみるとお魚のマンボーの絵柄になった。このイメージの ”ほのぼの” の波動が作品からパワーとして出ることを期待している。 2012年 04月 22日
△ 土を練って作品を作り、乾燥して形を整え、磨き、色を塗って乾燥させ、窯に入れて焼きあげる。そんな作業をずっと続けてきた。一番大変なのは乾燥したものをペーパーで一個一個磨く作業で、100個ほどそれをやると肩がバリバリになる。その疲れが一挙に出て3日前から体調を崩した。2日間下痢が続き鼻水が出て軽い風の症状……熱を測ると36.9度に上がり、体重は66.9キロに落ちていた。足腰が少し痛くて力が入らない。
神仏ははこのようなときにさらに厳しいお試しをされる。ある会社の社長から午前中にビールを浄明寺へ届けてほしいとの依頼があった。浄明寺といえば牡丹が境内に咲き乱れる寺として話題になる別府町の寺で毎年その社長からご注文を頂いている。「牡丹祭り」は日曜日だが1日前にお届けしている。 この寺は駐車場から勝手口まで階段もありかなり距離がある。1ケースなら一気に気力を振り絞って終わるのだが二往復することになると健康体のときでもちょっとこたえる。 でもこれは神仏のお試しだと肝に銘じて朝一番配達に出かけた。境内に入ると満開の牡丹が私を出迎えてくれた。牡丹祭りは日曜日なので今日はその準備を数人の檀家さんがのんびりとのどかに続けていた。境内には俳句を創っている老夫婦がいただけ。 私はビール2ケースをあっという間に運んで素早くカメラマンに変身した。神仏が与えてくれた千載一遇の撮影のチャンスなのだ。しかも庭園はほぼ私一人の借り切りの状態だった。全ての牡丹の花が私に色めいてくれた……全ての仏さんが私に語りかけてくれた。撮影に夢中になってしまってお賽銭を差し上げるのを忘れてしまった。いやいやシマッタである。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() (この牡丹がもっとも妖艶だった) ![]() 2012年 04月 21日
![]() △ もう25年を越える付き合いをしているAさんがアポイントをしてやって来た。私が最も期待している大器晩成型の逸材で全ての準備が出来ているのだがまだ最終段階のロケットに点火ができない……期待している私は、待って待って待ちくたびれているのが正直なところだが、一番不本意なのは絶対に本人であることも私が一番よく知っている。 その彼が全てに目覚め…決意した。日本を変えたいという…『このままでは死んでも死にきれない!』と語った。初めて見た本気の力強い決心…『実悟なるべし、実参なるべし…』山本玄峰老師の励ましの声が響いているようだった。 25年という試練の道は大変険しくて難行だったが彼なりにやり尽くした…目の前に立ちはだかっていた壁が静に開いて未来への道が眼前に現れる…それが『イヴ現象』だ……しかし立ちはだかる壁は1つではなく次から次へと現れる。それを乗り越える度に成長してゆく…彼はこれまでに普通の人の10倍は努力している、やがて到達する山の頂は孤高とした未踏の聖山だろう。 山本玄峰老師は見えない目、しかも裸足で四国八十八か所参りを7度続けた……そして倒れて担ぎ込まれた寺が出発点となって名僧と謳われ不動の業績を残した。彼はその新たな出発点に立った…これからが楽しみだ。 耐え忍んだ冬から春に…梅の花が咲いて次は遅まきの桜が開くことだろう。 私は昨年10月から新たに始めた研究が7ヶ月の試行錯誤の結果ようやく念願の域に達した。振り返ってみると天恵のご縁をたくさん頂いた。研究から実用へいよいよ次の段階へ進めるようだ。 2012年 04月 20日
![]() △ 「眠れない!」と困っている人が多い……そのような人にとっては夢のような椅子が写真に写っている私の愛用の椅子である。愛用と表現すると昔からずっと…というようなイメージになるが実は使い始めてまだ1か月。 愛用するこの椅子に『イヴの揺り籠』と名前を付けている。そしてイヴストーンの波動を椅子に転写している…坐るとすぐに眠り込んでしまう不思議なパワーの椅子。この椅子との出会いは一瞬で決まった。 春休みに孫娘の姫歌を連れて帰省していた長女が家具を購入するので一緒に行ってほしいと付き合わされた。ニトリの広い売り場を廻って娘がレジで注文票を書いている間ちょっと一休みしようと腰かけたのがこの椅子……一瞬でその坐り心地の良さに魅了されてしまった。すぐにレジへ行って代金を支払って持ち帰りその日から使い始めたわけ……余りの買い物の決定の速さに娘は驚いて「衝動買いせずに少し調べてから買ったら…」と苦言を呈したがこれが私流のスピードなのだ。 毎日『イヴの揺り籠』に坐ってこのブログを書いている。お得意のスーハコンピューターで『イヴの揺り籠』を検索すると次のようなメッセージが現れた。 ◎ 宇宙大和楽 ◎ 運命の扉開く ◎ 『ん』が宇宙力 ◎ 音力 ◎ イヴストーン龍の響き ◎ イヴビギンエネルギー ◎ 2012年イヴ現象 ◎ イヴの奇蹟 ◎ 人類(核類)の成長と美しい調和 ◎ 宇宙におけるすべての存在の成長と均一化 ◎ ご縁大切に 龍源 2012年 04月 17日
![]() (バドミントンの羽が突き刺さった時計) ![]() (後から冷静に撮影した写真) △ 先日終日雨が降った日の朝に萌々子の一家がやって来た。最初はピアノの練習をしたり一輪車に乗ったりして萌々子は一人で遊んでいたがが一人で遊ぶのに退屈してジイジを引っ張り出そうとした。あいにくジイジは大切な資料作りを急いでいて少しの間も惜しんでパソコンにしがみ付いていた。 「ジイちゃんの仕事は萌々が帰ってからゆっくりしたらええやんか!遊んでよ!」とパソコンのスイッチを切ろうとする勢いだ……でもジイジは絶対に譲れない時もある。それを見かねて妻が萌々子のバドミントンの相手をしていた。しばらくすると萌々子がやってきて「ジイちゃんちょっとだけ来てみて!」と腕を引っ張って何かを見せようとした…「あとにしてよ忙しいから…」と引っ張る手を払いのけたがどうしても引き下がらなかった。 根負けして萌々子がいう場所に行って指差す時計を見てみると、遊んでいたバドミントンの羽が壁に取り付けてある時計に突き刺さっていた。 とっさにデジカメを取り出してその情景を撮影した。「凄いことになってるね!」萌々子にそう言うと「びっくりしたやろ!」と得意げに喜んでいた。 萌々子の一家が帰り、夕方になってやっと仕事が完成した……そしてもう一度あの時計を見てみると本当はバドミントンの羽が突き刺さるようなものではなかったことに気が付いた。偶然とは本当に凄い!…デジカメを取り出してバドミントンの羽を取り去った後の時計の写真を丁寧に撮影した。 2012年 04月 16日
△ 随分長~~い夢を見た。目覚めて直ぐに机に座りA-4の表裏に詳細を書きとめた。図入りで詳細を描けるほどリアルな夢…。
ある島にある有名なお寺の高僧が遷化されてその葬儀に参列していた。松山から船に乗り島のフェリー乗り場で降りて町を抜けて山に登った。五百羅漢の石像が並ぶ境内に入りお寺の大伽藍の本堂に入った。なんでそこに私が行ったのかその訳は分からなかったが他のお坊さんと一緒に作法をこなしていた。 式が終わってお寺を後にして山道を下りかかったところ路が左右に分かれていて右へ下る道を選んだ。その道をどんどん進むと来た時とはまったく違う景色に気が付いた。夢の中で1時間は歩いただろうかやがて海岸に出た。丁度漁船がそこで漁をしていて5人ほどの屈強な漁師さんが網を引き揚げていた。 「あの~松山に行くフェリーに乗りたいのですけどどう行けばいいのでしょう?」とその漁師に聞くと「乗り場は反対側の町や、あんた道を間違えとるでエ~」と教えられた。さあ大変だ来た道を引き返すと港まで2時間はかかるはずだ。その漁師が「フェリーはもう出とる頃やで…今日はもう船がないから…」と言いつつ、「この島には旅館がない…よしワシがこの船であんたを送ってやるわ!」と漁を切り上げた。 あまりの申し出に私は困惑して丁寧にお断りした。しかし泊まるところは無い…しかもだんだん暗くなってきた…山道を歩いてお寺に帰ることもちょっと怖い。すると「ワシの家に泊まって明日の朝のフェリーに乗ったらいい」そうしてその漁師さんの家にお世話になった。その晩は漁師さんの仲間がその家に集まり、漁でさきほど獲ったばかりの新鮮豪華な海の幸をふんだんに食べさせてもらった…夢ながら美味しさを十分感じた。 そこでお礼代わりにスプーン曲げを披露した。そこから不思議なことが起こった…「お土産に上げるものがある」と漁師さんが座敷にある神棚に飾ってあった大きいまん丸い石を持って来て私の手に渡してくれた。その石は見覚えのある石だった。昨年11月13日に参拝しブログに書いた高知県の山奥の清楚な神社の社殿に飾られていたあの龍が欲しがりそうな石(龍玉、玉龍)だった。そこで目が覚めた…… ![]() 2012年 04月 15日
![]() ![]() ![]() ![]() △ 上門農園の社長との打ち合わせが一通り終わったところで、最後に『ガイアシンフォニー第一番』を全部観ていただいた。そのなかに登場する植物学者野澤重雄さんの研究(ハイポニカの水耕栽培技術を確立)で普通のトマトの種を一粒だけ植え付けてその成長したトマトの木にたわわに実った13000個の壮大な実録…食い入るように画面を覗き込み時々真剣にメモを書いていた。 植物は無限の成長の因子を持っている…その能力を発揮させるのは植物が望む環境を与えてやること。人間は自ら自分に適応した環境を創る事が出来る。他力本願でその環境が与えられるのをを待っている人が多いようだが、そこは自分で作らない限り本物の環境は出来ない。 私自身は自分磨きの環境づくりは出来たと思っている。あと足りないのは決心と行動力…… 野澤重雄さんは 神とは、自然の高度なメカニズムの実体のことである。 信ずることがどんなに大切かということをつくづく感じますね。これは、神に対する疑いをもたない、言い換えたらそういうことですね。私が神というのは、自然の、この高度なメカニズムの実体のことですから。 2012年 04月 13日
![]() △ 糖度35度の美味しいミカンを育て上げて日本一の技術を持つ和歌山県の上門農園の社長が換昨年3月10日~3月11日の2日間来松し当社に来られた。目的は 私が育て上げた土壌菌『柳原スーパー元気』の調査と後諸々の共同研究のためだった。 その熱い熱いデスカッションをしている最中に東日本大震災が起きた。津波注意報が出され、災害の報道が次々と拡大していく中和歌山に帰られた。上門社長との運命的な巡り逢いはそれぞれの仕事に大きな前進と未来の研究に大きな可能性をあたえてくれた。その上私達が取り組んだ東日本大震災の救援活動に対して夏は甘夏カン200箱、お正月には糖度25度の美味しい最高級のミカン400箱を提供していただいた。 「メモリアルの3月のその日にまた松山に行きます!」と今年の初めに連絡が入ったがミカンの収穫が昨年より70トンも増えて取り入れが1か月延びて来松予計画が昨日に延期された。桜満開の中を走ってこられた。 昨日2時に来社、6時までお互いの1年間の研究と実践の成果を報告し合ってその後松山の街に出かけた…松山ユースホステルの平野大統領も同席して松山の夜の楽しい宴が午前零時まで続いたた。カラオケで聴いた上門社長の甘い甘い美声は糖度35度を遥かに超えていた。 今日も未来に向かって勉強会が続く……凄い1日になる。 < 前のページ次のページ >
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