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2012年 01月 10日
△ かの有名な野口英世博士は「人体の病気の原因の多くは酸素欠乏から起こる」と記している。わたしの研究では、それにもう一つストレスを加えるとほとんどの問題の原因にたどりつく。その二つの原因で体内の水が汚れてしまうからだ。 安岡正篤先生の「大和」という本の中に "人体の不和と病気人体内でつくる『猛毒』"という説明があった。 最近、精神身体医学が発達して、血管の収縮や、酸素消費、尿の生成なども、外界の音響や、言葉や、状況などによって著しく左右されることが判明した。精神と肉体との間には、非物質的な相互作用が行われており、その肉体に対する情緒の反応を物質化して証明することができる。 汗と呼吸がそれをよく表し、アメリカの心理学者エルマー・ゲイツは発汗の科学的分析から情緒の表を作ることに成功した。 各精神状態はそれぞれ腺や内臓の活動に化学的変化を生じ、これによって造り出された異物を呼吸や発汗によって体外に排出する。液体空気(圧力をゆるめて蒸発させると零下217度まで下がる)で冷却したガラス管の中に息を吹き込むと、平常の心理状態のときは、息の中の揮発性物質が液化して無色に近いが、その人が怒っていると、数分後に管の中に栗色の滓が残る。苦痛や悲哀のときは灰色、後悔のときは淡紅色となる。 この栗色の物質を鼠に注射するとたちまち興奮し、その人の憎悪や憤怒の激しいときは、その息の滓は数分で鼠を殺してしまう。一時間の怒りの息の滓は80人を殺すに足る毒素を出し、この毒素は従来の科学の知る最強の猛毒だそうである。故に悪感情を抱くことは、結局その人の体内に毒気が鬱積して、その人を自殺に導くものである。 人間の長い長い歴史的経験から生まれた言葉の中には、新しい科学的研究が感を深くするような真理が含まれているものが多い。「毒気を吐く」とか、「あいつの毒気にあてられたとか」というようなことは、そのまま真実なのである。 和気というものも科学的真実である。人を恨み怒って、明けても暮れても闘争闘争に血道をあげるような場合は、正に毒気が充満しよう。これに反して、人々相愛し、相和して睦むようなところには和気があふれる。 と書かれている。当院に相談に来られる皆さんの病気の原因を探るとそこに行き着く。 わたしはその水にいつも感謝している。ベッドの横の小さなテーブルの上に2リットルのペットボトルが置いていてイヴ・ストーンの小さな玉を入れている。これがわたしの命の水だ。食事とか店で飲むのを別にして、この2リットルの水を3日~4日で飲んでいる。 朝起きた時にまず1杯を感謝を込めて飲み、トイレにいって流す水に感謝し、洗面の時の水にも感謝する。風呂は水とお話しをする最高の時間だ。湯に抱かれていると心身リラックスする。風呂から出た時の脳波は完全なデルタ波になっている。たかが水、されど水。 ついでに水が一番おいしく感じられる温度を書いておく。 上平 恒先生(東京工業大学化学コース卒業・北海道大学理学部高分子学科教授を務め、1991年退官) の著書『水とはなにか』で実験結果を次のように書いている。 水道水の味覚と温度の関係を調べた平尾管雄によると、 約70度Cと13度Cの水が一番うまく感じ35度C~40度C で特にまずく感じるというのである。 これが水道水だけなのか、それともお茶、紅茶、コーヒー、味噌汁、スープ、ビール、酒など全てに通用するものかどうかは不明、みなさもそれぞれに一度試してみればわかる。 人の食生活では、『人体の体温より高いものを食べない方が良い』とよく言われている。牛は人体より1度体温が高く、ラードは牛の体内では液状だが人体に吸収されると体温の違いで固まるそうだ。 以下「水とはなにか」より抜粋 「進化の過程で哺乳類は生存するための最適温度として、37度~38度Cを選んだ。約160種の哺乳類の体温の分布をみると、大部分はこの温度が体温である。鳥類の体温は41.5度Cであるが、致死温度は同じく45度Cである。体温が高いのは飛ぶのに大きなエネルギーを必要とするためである。飛べないダチョウやペンギンの体温は38~39度Cである。」 「水は水素と酸素からなる最も単純な化合物・・・水は、そのなじみの深さの割りには特殊な物質といえる。液体(水)のほうが固体(氷)よりも密度が大きいこと、4度Cで最大密度になること、物を溶かす能力が一番あること、表面張力がきわめて大きいことなど決して常識的な物質ではない。水は体中をかけめぐり、蛋白質、核酸、酵素、細胞などの働きを点検する。水はある特定の温度で極端に性質が変わり、生物は決定的な影響を受ける。」 水を沸騰させると酸素が蒸発して酸素を含まない水になってしまう。沸騰させた水を冷却して金魚を入れると酸素が無いために死んでしまう。 健康な身体づくりには、酸素を多く含んだきれいな水が必要である。普通の水道水で良いから塩素だけを除去して1日に2.5リットルを目安に摂っていくと体質が変わる。 体温の話 人は何度で凍死するか 温血動物を18度~20度Cまで冷やすと、体温を調節する機能を失い、血液をつくることができなくなり、そして血液の呼吸機能が低下する。長時間、この状態を続けていると、これらの機能が低下したために、脳組織に酸素が足りなくなり、ついには死んでしまう。 それでは人は何度で凍死するだろうか。凍死は凍え死ぬことと普通の辞書に書いてあるので、零度Cにならないと死なないと想像する人もいるかもしれない。 しかし、人はもっと高い温度で死ぬ。体温が27度Cになると凍死する。したがって、短時間ならば裸で雪の中を走りまわっても大丈夫であるが、逆に、気温が10度Cくらいの時に酒に酔って戸外に眠ってしまうと凍死する事がある。 人は体温が35度Cになると方向感覚が鈍くなり、ついで性格が内向的になり、物忘れしやすくなる。さらに30度Cで無感覚になり、27度Cで死んでしまう。 人は、このように体温が30度Cになるとすでに危険であり、27度Cになると凍死するが、一方体温が45度Cになっても死んでしまう。30度C~45度Cの僅か15度の温度差に生きる生物なのである。 それだけに、人は身体を取り巻く環境温度にとても鋭敏に出来ている。これを脳内の温度調節中枢が管理している。この温度調節中枢は、自然界の環境変化にすべて対応できるように設計されていて究極は氷河期を乗り越えられる絶妙の能力まで備わっていると言われている。しかしこの機能にもが弱点がある。それは人工的な冷暖房に弱いことである。 寒い筈の冬に熱すぎるほどの暖房の中で生活したり、暑い筈の夏に寒すぎるほど冷房が効いている部屋で生活するなど、不自然な生活を続けると体内の温度調節中枢が対応できなくなってしまうらしい。 冬の寒さより、夏場の冷房設備の冷えが身体に悪いと言われる。特に車内でのクーラーは、噴出し口の温度が低く手足の指先を極端に冷やす事になる。手足の血液の温度が低くなると腎臓、心臓にも影響が出る。その反面、背中の部分には冷風が当たらないので汗をかいている。冷暖房機器も人体も、冷房運転と暖房運転の両方を一度にはできない構造になっている。 冬は皮下脂肪を熱に変え、夏は汗身体の温度を下げるのが自然の摂理。冬に皮下脂肪を燃やさないから肥満になる。この冬は暖房にたよらず、積極的に皮下脂肪を燃やしてスリムになることをお薦めする。
by ryugen1944
| 2012-01-10 05:00
| 下町の赤ひげ総理!!
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