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2008年 04月 30日
■熱が少しあると眠っていても変な夢ばかり見て熟睡できない。人の脳は本当に精密にできていてストレスに極めて弱い。 3日間その微熱に悩まされた。
私の平熱が36.2度だ、37.7度あたりが1番不快感を感じてそれより高くなると脳が麻痺するのか不思議に不快感が消える。 ■熟睡できずに2時間ごとに目が覚めた。意識的に水を多さん飲むためトイレの回数も増える。 眠ろうとしても眠れない、本でも読もうと思っても意識が集中できない中途半端な状態が1番辛い。ところが2日目の夜に突然『延命十句観音経を唱えなさい!』という声無き声が聴こえた。 ■“延命十句観音経”を唱えだすとまず始まりの「観世音」の3文字がどうしても出てこない。考えると頭痛がひどくなり思考力がどど低下してしまうのだ。 その部分を飛ばしてあとはスラスラと唱えられるのにまた繰り返しで始まりの「観世音」のとこにくるとまた頭痛が起きて先にすすめない。 ■一晩中そんなことを続けた。2日目の夜は寝る前に延命十句観音経を何度も筆書きし、とくに「観世音」は繰り返し繰り返し書いた。 その夜も床について延命十句観音経を唱えだすと「観世音」の部分でやはり昨夜と同じ頭痛が起きた。 それを我慢して経本を開いて読み続けたところ途中から頭痛が消えてスラスラと唱えられるようになった。 ■延命十句観音経は坂村真民先生がいつも唱えられたお経で、山本玄峰老師のお話では、数あるお経の中で極めて短くて、しかも効力がとても大きいお経だと太鼓判を押されていた。 翌朝起きると平熱に下がっていた。食事も少し食べられるようなった。そういえば座禅を忘れ、お経を忘れ・・・・・神仏にずいぶん不義理している。 神棚の榊も長い間無しのままだ。店の中は片付けたが心の中の掃除が手抜きになっていた。それをしっかりと教えられた風邪熱だった。 『延命十句観音経』 観世音 南無仏 与仏有因 与仏有縁 仏法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起 念念不離心 宇宙(神、仏、創造主)は、必ず自分にとって一番いい道を歩ませてくださるのだから、全てを宇宙にお任せして疑わず、ひたすら自分が今やるべきことを精一杯やっていれば!結果は必ずついてくる。 ▲
by ryugen1944
| 2008-04-30 08:09
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 29日
■父の33回忌を無事終えたが、実は4月15日から妻と二人で行った店内の商品棚の配置換え作業の疲れがドッと噴出して、24日ぐらいから37.7度の熱が続き悪戦苦闘していた。
メタボ解消にと始めた縄跳びがさらにダメージを与えて、状況を一層悪くしたようだ。 ■孫娘の萌々子が縄跳びにチャレンジして1回跳べるようになり、2~3回と続くようになり3日後は10回続くほどにまで要領を覚えた。 それを指南するのはジージだ。実際に跳んで見せて教えながら、年甲斐もなくエエカッコウを見せようとする。昔取った杵柄(きねづか)を見せたいのだ。 ■やってみるとまだまだ二重跳び、十文字跳びなどが出来る。しかし、それを昔やっていた小学校時代は体重が20Kg~30Kg台のときだっ。運動不足で筋肉が衰えた70Kg巨魁でやろうとするのは土台無理な話なのだ。 それが分からないほど頭も老化しているからムキになってやるのだ。2日も、3日も続けて・・・・ ■その疲れが溜まり溜まってとうとう大爆発したのだ。4歳の孫娘も保育園での1日に加え公園での1時間の遊び、そして店に帰ってきての縄跳びをする過密スケジュールに疲れ果てて、39度台の熱を出して3日ほど寝込んでしまった。 ■人間には限界があるのだ!無理は禁物なのだ。私の場合33回忌をやらねばならない大仕事が控えていたのに。 24日からお酒も止めたり、少しだけ真似事に呑んだりで体力気力の回復を図り、何とか当日のお役を務めた。 ■しかし無謀にもみえるがチャレンジは大切!この巨魁で二重跳びも、十字跳びも、十字二重跳びがまだできるのだ。 跳んでいるスタイルと形相は絵にならないほど凄まじいものだが、結果は縄跳びになっている。そのうち皆さんにお見せしたい。・・・・・ムムムム …見たくないとおっしゃるか・・・・ ▲
by ryugen1944
| 2008-04-29 08:15
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 28日
■供養は、その人の生前を偲び、想い出す事によって、その人の生きた価値を認め感謝することだと言われる。
しかし私の妹のご主人も、弟の嫁さんも私の父を知らない。さらに私の長女が6歳、次女が4歳だから二人とも写真でしか記憶がないし、そのご主人は当然何も知らない。 偲べといっても、感謝せよといっても絶対に無理だ。 ■それよりも供養という行事で親族・家族が集まって語り合う事の方が価値が大きいような気がしている。死者を中心とした集まりが出来て仲間の結束がより強固になる。いつも疎遠がちな兄弟姉妹、また親子、孫が一同に集まり近況報告をしあう事・・・・・そして楽しく食事をしているそんな姿を上から観られてご先祖様が喜んでおられることだろう。 ■33回忌の次は50回忌だ。「次は17年後です。またこの本堂でお会いしましょう」と住職が話した。出席者はそれぞれに自分の今の年齢に17を足していた。「102歳だわ」とか「97歳だわ」とか言いながら流石に悲観的だ。「生きていても法事には出られないわよね」といった話になる。 私の場合80歳だ。しかし何とも言えない。それは年齢的な問題だけでなく地球環境の大変化、天変地異、パンデミックな疫病による人類の大受難などなど・・・・・ ■暖かすぎるほどの4月末の日差しの中で、皆は呑気に何の心配もなくこのままの環境がいつまでも続くと信じているようだが、ご先祖さんは、近未来の人類の大試練の地獄図を重ね合わせながら本当に心配しておられることだろう。 ■住職は私より5歳以上若いがガンで1度手術している「私はガン治療を受けていますので今から17年という年数は皆さんより相当条件がきついと思いますがお会いできるように努力します」そう最後の挨拶をして締めくくった。それぞれの“命”なりけりだ。 ▲
by ryugen1944
| 2008-04-28 11:00
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 27日
(父と私1960年)
![]() ■今日は父の33回忌の法事がある。私が31歳のときに63歳で急逝した。それから33年経って私は父の歳を越えた。 父を知っている人は私の今の顔を観て父によく似てきたという。遺伝子の摩訶不思議なふるまい。 父があって今の私があり、私があって娘と孫がいる。別に不思議な事ではないがそのそれぞれの身体の中で滔滔と受け継がれてきたご先祖の遺伝子が活動していると思うと少し責任を感じる。 (晩年の父の写真) ![]() ▲
by ryugen1944
| 2008-04-27 08:28
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 26日
■O-リングテストに魅せられて研修を始めた。何人か仲間を誘って私の家の座敷週に1度集まった。講師役の薬局経営をしているTさんは紳士で次から次へと人体の基礎知識や人体の不思議なふるまいを教えてくれた。
■この頃の私の身体は、2年間で通風発作が2回起きた以外は特に悪いところがなく、家庭健康の学習をしながら実は自分の身体に関しては全く危機感を持っていなかったし、通風がどれだけ恐ろしいものかということを知らなかったのだ。 ■酒販売の商売の方は毎年売上げを1,000万円づつ伸ばし、料理店やスナックに20店ほど納入しそのご機嫌取りに夜な夜な飲み歩き、食べ歩いたが若さと体力でカバーしていた、まだ身体の悲鳴や軋みの不協和音は一切表面的には現れなかった。 ところが私に家庭健康の知識を授けてくれていたTさんは、私の体質異常と代謝異変を最初から見抜いていた。しかし猪突猛進型の私に忠告しても今は聞き入れない事を感じて、私の健康については一切話題にしなかった。 ■Tさんは下戸で会席では乾杯のお酒を口にするくらいで普段晩酌をすることは全くなかった。それにくらべ私の毎日の酒量は3~5合で、夜の街へ出た時などは1.8L(1升)を胃袋に収めていた。しかも帰りラーメンかうどんを欠かさずに食べたような悪い見本の暴飲暴食を繰り返していた。 Tさんから観ると私は“信じられない次元の生き物”に見えていたらしい。コップに並々と注いだ1合の酒が一瞬の間に胃袋に収まるのをみて“手品以上に凄い”と驚嘆していた。 ■外面は何も異変がないようだったが私の体内では刻々と状況の変化が進んでいた。健康の勉強をしながら目は完全に外を向いていたのだ。 ▲
by ryugen1944
| 2008-04-26 11:01
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 25日
■O-リングテストとの出会いは私のそれまでの意識を180度転換するものだった。CT、MRIなど高度な医療検査機器の発明には目を奪われたが、O-リングテストは人間の能力を最高度に活用した検査方法だった。
O-リングテストそのものは医師の免許を持っているものが、O-リングテストの研修を積み重ね技術を習得して、はじめてO-リングテスト医師として活用できるものだった。 ■しかし利用方法によっては日常生活に生かせばとても便利で、私と妻とはそれ以来O-リングテストをあらゆるものに活用している。 平成9年に特許申請した「有害電磁波の変調・中和剤」開発および「YM超健康シート」の作成に当たっても膨大な素材の中から最高の物を選び出して、今度はその最良の組み合わせができたのもこのO-リングテストのお陰だった。 ■O-リングテストと家庭健康の基礎知識の研究はこの時点で趣味として始めたが、24年後には酒販売ではなく整体療術の仕事がメインになることなど、このときは考えもしなかったが神仏はすでにこの時点で次の布石を打って下さっていたのだ。 ■「念ずれば花ひらく」坂村真民先生はこの言葉を使われた。意念を強くするものが天をも動かすということだが、嶋野榮道老師は「念ブローミングフラワーズ」と説くかれ、「本来は念じなくても神仏は全員に準備してくれているそれに気がつけば宇宙の花は開きっぱらしなんだよ」と説明された。 ■私達は今の状況だけで物事を判断してしまう傾向にあるが、5年後10年、さらに20年、30年と経ってみるとその天の布石の1個、一個がまったく無駄なく打たれている事に驚嘆さされる。 海鮮北斗でのS先生との出会い、そして後輩のTさんとの出会いが第二の出発になったのはそういうことだった。 ▲
by ryugen1944
| 2008-04-25 09:47
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 24日
■薬局をしているというTさんの弟は、元製薬会社に務めていて、スポーツ医学の情報に詳しかった。反対に私はこの時点で人体に対する知識をまったく学んでいなかった。
紹介が終わったあと、まず私の身体のテストをするためにO-リングテストを始めたのだ。2本の指でつくった〔輪〕O-リングを他の人が力を入れて引っ張って、その開き具合でテスト結果が出るという筋肉検査方法だ。 ■柔道をやっていたから、私の指の握力は相当に鍛えられていてそう簡単には開かないはずた。ところが肝臓、腎臓などのチェックをすると全然指に力が入らず抵抗できずに開いてしまうのだ。 最初は手品か何かだと疑った。何度も何度も試みたが結果は同じだった。するとTさんの弟は「これを一度読んでください」といって1冊の医学書を貸してくれた。 『バイ・ディジタルO-リングテストの実習』著者はDR大村恵昭となっている。4,800円、医道の日本社発行の医学書だ。 ■大村恵昭先生の略歴を見ると1934年3月生まれ、日本大学電気工学科(1952-1954)を経て、早稲田大学応用物理学科を1957年に卒業。同時期に在学していた横浜市立大学医学部を1958年に卒業。これよりアメリカに渡り、コロンビア大学大学院(1960-1963年)で実験物理学を、博士号は、同大学の医学部薬理学及び外科より、1965年に受ける。 ■略歴:東京大学医学部付属病院インターン、1958年コネティカット州ノーウォーク病院、1958年コロンビア大学心臓外科研究員、1960年コロンビア大学癌研究所フランシス・デラフィールド病院外科医、1966-1974年ニューヨーク医科大学薬理学部助教授、 現在:マンハッタン大学電気工学科客員教授、1962年ー現在ニューヨーク心臓病研究所所長、1972-現在シカゴ大学薬理学教授、その他・・・・・・数々 ■世界には凄い人がいる。そして想像外のテスト方法がある。この1冊の本が私と妻を変えた。それからはTさんの弟さんに毎週定期的に来てもらって人体の研究、健康の基礎的勉強を始めた。 私の通風は自慢できるものではないが、そのご縁によって医学会のスーパースターである大村恵昭先生の存在と研究に近づく事が出来たのだ。 病気に感謝!である。 私たちの身辺に起こる事象はどんな事でもポジティブに受け入れれば何か大きな意味があるのだ。 ▲
by ryugen1944
| 2008-04-24 09:47
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 23日
■このお食事処「海鮮北斗」には24年前に訪れた。私が退社後、酒店の仕事を始めて5年経った1984年6月9日で満40歳の誕生日を迎えた翌日だった。
この場所から、かって丸善石油学院受験時に体験したような神秘体験、ミラクルな神がかりの第二幕がまた始まった。 この日、学院で山本玄峰老師を教わった恩師のS先生が大阪から来松され、この海鮮北斗で学友が先生を囲んで夕方6時から食事会を開く事になっていた。 私は、実は5月21日に通風発作を起こし治療中だった。激痛でまったく仕事が出来ずに、1週間配達作業を代行してもらって、ひたすら禁酒に徹し、薬療法をしていた。 ■通風は2年前に1回目を体験しこれが2回目。1回目の激痛をすっかり忘れた頃に2回目の発作が起こった。症状は前回よりもはるかに重かったので只管治療に専念した。 しかし6月9日は、昼に断れない結婚式があって20日ぶりにお酒を口にした。口にしたというよりも少し舐めたくらいで、この夜も我慢に我慢を重ね、ほんの少しだけ戴いた。 足が痛くて正座ができないし、歩く時はビッコをひいているから「どうしたの?」と必ず声をかけられる。会う人ごとに恥ずかしながら“日頃の不摂生”を語らなければならなかった。 ■ところが、この通風が幸運を呼んでくれた。この病気がなければ今の整体療術の仕事にたどり着いていなかったのだ。 会場で22年ぶりに逢った後輩のTさんが私の痛々しい姿を見て「私の弟が薬局を開いているから紹介しますよ」と同情的に話しかけてくれた。 そして数日後その弟さんを連れて私の家にやって来た。 明日に続く・・・・・ ▲
by ryugen1944
| 2008-04-23 13:04
| ご縁大切に・体験
2008年 04月 22日
○ 今朝の報道より
鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)の感染が拡大している韓国南西部の全羅北道当局者は21日、感染確認現場で家禽(かきん)の殺処分に従事した韓国軍兵士(22)が20日に同型ウイルスの感染が疑われる高熱を出し治療を受けていると明らかにした。 全羅北道によると、兵士は18、19両日に殺処分作業に動員され、部隊復帰後に39.8度の熱を出しソウルの軍病院に搬送された。ソウル新聞は兵士が一時昏睡(こんすい)状態に陥ったと報じた。 韓国では今月、南西部を中心に家禽の感染が続出。20カ所以上の養鶏場やアヒル飼育場でウイルス感染が確認され、韓国メディアによると延べ約6700人が約300万羽の家禽の処分作業に従事した。軍部隊は集団生活による部隊内感染のリスクがあるとして昨年まで参加しなかったが、今年は被害拡大を受け、16日に初動員された。(共同) ■人類が経験したことのない新型インフルエンザの大流行は起こるかどうかではなく、いつ起こるかという問題である-。世界保健機関(WHO)はこんなふうに警告している。 韓国での鳥インフルエンザの感染情報は上記のように報道されているが、このところ中国からの情報が出ていない。 オリンピック開催を控えて中国では様々な情報操作が行われている。お国柄とはいえ鳥インフルエンザ感染に関しての情報は世界的な流行を抑える意味でもっとも重要だ。 ■オリンピック見物客や選手が感染すると瞬時にして世界中にパニックが起きる。それだけに中国はオリンピック開催を最優先に考えず、必要な情報を提供することを求められている。 鳥インフルエンザの感染はもう既に大爆発の一歩手前まで来ている。これからの数ヶ月、渡り鳥の飛来とともに鳥インフルエンザも世界中に運ばれるのだ。 ▲
by ryugen1944
| 2008-04-22 11:27
| 衣食住と環境
2008年 04月 21日
■昨日は私の母と家内の母を見舞いに行ってそれから雑用をいろいろと済ませたらあっという間に夕食の時間になっていた。
まだ少し陽は高い位置にあったが5時を過ぎていたので妻と二人で海辺のお食事処に立ち寄った。 そこは20年ほど前に一度来た事がある。海を観ながら海鮮料理を堪能した。美味しい物を口から食べられる間が生きているということだ。口からの食事が出来ず、管で食を胃に直接入れている病室の母を思う時切実にそう思った。 ![]() ▲
by ryugen1944
| 2008-04-21 20:21
| 徒然なるままに
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